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2019年2月19日火曜日

三日月姫塚古墳


クマザサに覆われて何が何だかな感じの前方後円墳。


2019年2月17日日曜日

三日月権現山古墳・同2号墳



同名の「権現山古墳」が各地に複数あるため、便宜上所在地から「三日月権現山古墳」としています。
佐賀県小城市三日月町にある、前方後円墳と円墳?のセット。
2号墳には土器片多数。


2018年10月16日火曜日

島田塚 鏡山麓の舟形石棺


唐津市の鏡山の麓、鏡神社近くにある横穴式石室を持つ前方後円墳。
ベンガラが塗られた石室と石棺がきれいに残っています。

2018年10月14日日曜日

牟田辺遺跡現地説明会


多久市の牟田辺遺跡で現地説明会が行われたので行ってきました。
写真は9号墳より出土の「三環鈴」
なんとこの鈴、鳴ります。職員の方が鳴らして聴かせてくださいました。


2018年4月3日火曜日

石塚古墳


佐賀県佐賀市諸富町大字為重、筑後川昇開橋のすぐ近くにある…こふn
えっと、どう見てもコンクリートだけど古墳なのかこれ…。
何もかもが残ってなくて古墳に見えないけど、
保存のためにコンクリートで固められた、一応古墳らしいです。
標高3mの低平地に造られた古墳というのは非常に珍しいとのこと。

石室の石積みの最下段の一部だけが残っていたようで、
他の痕跡は皆無のようです。
もちろんもともとの墳形も不明。
1988年に圃場整備に伴って発見、調査され、
多くの出土遺物が文化財指定されています。

この状態で副葬品が残ってたのがすごい。

その後遺構は埋め戻されたのですが、
2009年に再調査が行われ、
石室の様式と出土遺物に一世代くらいの時代差があることがわかりました。
追葬が行われた証拠ではないかと考えられています。


石室の概形を遺構保護のコンクリート上に示してあります。
たぶん残ってた部分をてきとうにつなげて全体像をなんとなく作っただけな気がします。
この辺片袖式の石室なんてないし。









とても「塚」には見えないこんな古墳がある地域の地名が「石塚」なんですよね。
1988年の発掘調査ではもう1基の古墳が見つかっていてそちらは現存していませんが
かつてももっとたくさんの古墳があったのかもしれません。
そんな記憶が地名として現代まで伝わったのかもしれません。

2017年4月6日木曜日

東十郎古墳群



鳥栖市郊外の山中、斜面に沿って存在する古墳群。
記録上は70基あまりあったらしいですが、現存していると認識できたのは数基程度でした。
全体的に水平がめちゃくちゃですが、足場が酷かったんです(言い訳)

2017年3月18日土曜日

永池古墳 ―湖底の横穴式石室―

佐賀県武雄市北町永池、
農業用ダムによるダム湖の片隅に半ば水没するように生き残っている横穴式石室。


2015年3月13日金曜日

金立銚子塚古墳

「銚子塚」と呼ばれる古墳は全国に多数あるのですが、
佐賀県佐賀市金立にある前方後円墳の「銚子塚」

綺麗に形をとどめた周濠が見どころ。

2015年2月16日月曜日

築山古墳


佐賀市大和町(旧佐賀郡大和町)尼寺、春日小学校横の児童公園内にある古墳。
写真は墳丘上で見つけた土師器質陶片。埴輪のかけらかな。


2014年12月3日水曜日

道越古墳


佐賀県藤津郡太良町、長崎県との県境付近の横穴式石室を持つ円墳。
田古里古墳のすぐ近くなのでぜひともあわせて見学していただきたい。
できるならこの2つからそう遠くない長戸鬼塚古墳も。


2014年11月26日水曜日

伊福湯牟田古墳


佐賀県太良町の横穴式石室を持つ古墳。
国道207号線の道の駅たらふく館から徒歩で行けます。


2014年5月17日土曜日

高柳大塚古墳+α


みやき町の前方後円墳、高柳大塚古墳を紹介しながら
「前方後円墳」についてたらたら書こうと思ってました。
が現在泥酔に近い状態なのでたらたら書くのは控えめにします


2013年3月2日土曜日

夏崎古墳


伊万里市の夏崎古墳。
横穴式石室がほぼ完存するものの、干拓の土取で封土がほとんど失われており墳形は不明。


2013年2月16日土曜日

小島古墳


カメラが傾いてるんじゃなくて石室が傾いてるんです。
ちゃんと水準器で水平とったので間違いありませんから。

佐賀県伊万里市の横穴式石室を持つ前方後円墳。
元は名のとおり離島だったそうですが、今は陸続きになっており
古墳公園として整備されているので車で行けます。


2013年2月4日月曜日

一本松古墳群


佐賀県小城市小城町晴気一本松、
かつて小城炭鉱があった場所のすぐ傍に残る群集墳。
古墳群から水路隔ててすぐにかつてのボタ山があり、
またこの古墳の調査は小城炭鉱閉山後に行われたようで、ほんとよく残ってたもんだ。


2013年1月11日金曜日

古賀山一号古墳


せっかく年が明けたのに当ブログは石室だったり廃墟だったりの陰気な話題ばっかなので
巳年にちなんだエントリーでも書こうと思って写真フォルダを発掘。
そして結局中身は古墳のことです。


複室構造の横穴式石室ですが、
羨道がほとんど消失していて前室が羨道のように見えます。
石室慣れてる人が現地見ればすぐ複室だってのはわかるんだけどね。
これは羨道から前門、玄室方向を。
(本来の)開口部方向は藪に覆われてる上すぐ急斜面になっているので
引いた視点では撮れませんでした。
無理やり撮った写真もあった気がするけど
足場のせいかなんなのかブレが酷くて…



2013年1月8日火曜日

西隈古墳/古代人の葬儀と石室


脊振山地と佐賀平野がつながる部分というのは
非常に多くの古墳が眠っていまして、
金立山麓を散歩したりすると詳細不明の横穴式石室にでくわしたりわりとあります。
ちょうどそのラインにそって長崎自動車道が通っているため、
長崎道沿いを狙ったかのように古墳が密集しているのです。
高速道路の立地がどういった理由で決められるのは知りませんが、
古代人が安らかに眠るべく選んだ土地に
1500年後に高速道路が走り日夜騒音を撒き散らしていると考えると妙な感慨が湧いてきます。

そんな話とはあんまり関係ありませんがそういう場所にある西隈古墳を見学してたのでご紹介。
ここは石室、石棺がおもしろいので、そっち方面のお話でもしましょうかね。
写真もあんまないし。

2012年11月24日土曜日

田古里古墳


佐賀県藤津郡太良町の田古里古墳。
この案内板から3分ほどあるいたところ。
すぐ近くには道越古墳、平浜古墳もあるので併せておすすめの古墳。
(平浜古墳は素人にはおすすめしにくいけど)



2012年11月16日金曜日

風楽寺古墳・風楽寺南古墳・導善寺古墳


墳丘が後世の墓石で覆われてる古墳を「全面墓石装甲古墳」というらしい。
古墳マニアの間では。
これはそんな全面墓石装甲古墳が2つ隣接している佐賀市大和町の風楽寺古墳。
発掘調査は行われてはいるけど、出土遺物に関する記録があんまない。
内部主体も不明。時代的には竪穴式石室だと思うけど…。



風楽寺古墳のすぐ南、風楽寺南古墳。
元は前方後円墳だったらしいが前方部は現存せず。
(追記:帆立貝形前方後円墳の前方部の痕跡と考えられた部分は削平された円墳の一部で、
前方後円墳ではなく純粋な円墳らしい)

風楽寺古墳は前方後円墳としての形状を保っているので
いわれれば古墳だとわかるかも。
南古墳は古墳だと言われてもわからん。



こちらは風楽寺古墳からほど近い導善寺古墳。
これも前方後円墳だが例によって前方部ほぼ消失。
前方部があったところには近世までお寺があったらしい。
内部主体は箱式石棺とのこと。